「あたりまえ」言葉の怖さ

「あたりまえ」言葉の怖さ

大都会から小さな海辺の暮らしへ

突然、腰がピキッとなった。
「起き上がれない」
朝のルーティーンが起きるところから閉ざされた。
いつも通りに動けない自分にイラっとした。

あたりまえのこともあたりまえにできなくなった。
頭に浮かんでくることは全部マイナス思考。
もう本当になんにもできないから、―できない!
こんな言葉ばかり。

頭の中にはどうにもできない自分がいて、
でも、今の状態を冷静に見ている自分もいて、
スッキリしているようで、頭の中はスッゴク忙しい。

だから、とにかく落ち着こう。
否定することをやめよう。

「コーヒー淹れようかな?」
「ごはんつくろうかな?」
「掃除しようかな?」って思うだけ。

全然できないから、本当にそう思うだけ。
でも、そう思うだけでマイナスの言葉は出てこなくなった。

「あたりまえ」という言葉は
他人も自分も身勝手に追い込んでしまう。

どんな時も朝起きると朝食を並べてくれていた母ちゃん。
「あたりまえ」を「あたりまえ」に思いすぎていた自分。
なんだか恥ずかしいわ。

時が経つと、人間だから、感謝することを忘れていく。
それにも、慣れていく。
でも小さな幸せをいつも響くぐらい感じられたらいいな。

ぎっくり腰はもう勘弁だけど。

不自由な女神 ともまい

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